71米を作る・関わる人のひととなり 稲作農家・松下×米屋・長坂

おんぱくプログラム開催からだいぶ時間が経ってしまった。あの時 植えられていた小さな苗も、8月の今は高さも出て 青々として、風の足跡をのこすくらいにはなっている事だろう。

この日のことを振り返ると、今年観た映画『メッセージ(邦題)』の一節を思いだす。

サピアウォーフ仮説
私達が何かを考えるときには頭の中で無意識であっても言語を使用している。この事から言語無しの思考は難しく、また複雑な思考は言語無しには不可能であると考えられる。この言語と思考の関係に付いては古今様々な研究がなされてきた。

  • 言葉を知ることは思考そのものを知ることである。
    もし未来が分かるとしたら、その行動の選択を変えるのか?
    否  もっと相手に自分の想いを伝えるだろう。

 

 

何故にこれほどまでに、レポートに時間が掛ってしまったのか?
ひとえに自分の文章力の無さの賜物なのだが、、、( 松下さん、長坂さん申し訳ないです。)
個人的にはちゃんとした理由があったことを言い訳させてください。それは『ひととなり』をレポートする事に少なからずの抵抗を感じていたからだ。プログラムの追体験やおんぱく面白さを素直にレポート出来れば良かったのだろうが。実際に二人の『ひととなり』を知ると、なにか、こう、触発されるというか「コール&レスポンスしなければならない」みたいな気分にさせられてしまったのだ。

聴取である我々に訴えかけるような「チカラ強さ」にすっかり充てられてしまった。ちょっと大袈裟に聞こえるかも知れないが、それ程までに2人の話と人柄が興味深かかったのである。
今もこうして文字にしていて、その時の事を上手くまとめられずにいる。が、いい加減レポートしないと次に進めないだろうし。で、ちょっと変則ではあるけど、無理からにまとめてみようと思う。

 

プログラム当日から数日間の感想メモ
聞いている此方が「もっともっと」と知りたくなる米屋と米農家のトークライブ。本人2人も間違いなく語り足りないだろう。
予定の1/3ほどしか話せなかったと本人も話している。続きは来年か?


待ちきれなければ安東コメ店のHPで予習するのもいいだろう。
アンコメ通信
農家 松下さんも「田んぼに尋ねて来ても良いよ」とも言っていた。

今年でおんぱくコメトークは3回目。
溢れて、漏れだして、過ぎるほどの熱量は、今も昔も、もれなくそのままなのだろう松下氏は、農家というより個人的には100の仕事をこなせる、正しく百姓という感じ。

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予定調和を嫌いと言いつつ、シミュレーションとコンセンプチャルな視点を欠かさない。話はまるで現象学。その上で自身をウォッチャーと称し、シチュオアニストの様に振る舞って楽しんでいるようにも見える、米屋・長坂氏はスイハニストなのだ。

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おんぱく冊子のプログラム紹介文で「日常の祈り」について語られるとされていたが、内容はタイトルそのままに2人の「ひととなり」について。農家と米屋のひととなりを話すことがプログラムになってしまうのも独特だが、実際に人が集まるから凄い。1963年生まれの同い年による米トークに集まった聴衆は11名。

 

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表情豊かな通称 静岡のヤンキー 。( 有り余るエネルギーの発散として走り出す若人は根がいい。)そんな経験則を超えて根も茎も葉も素敵な米農家松下氏と、ニュートラルで状況判断に長けた米屋にしてスイハニスト長坂氏は僕の見立てではいまだアーティスト。そんなキャラクター濃い目のふたりが織りなすコメトークIIIは、作品制作の場で語られるギャラリートークといった風情だった。

 

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【 著書 ロジカルな田んぼ 】で知られる農家 松下氏の作業場で『 スイハニスト』としても知られる安東コメ店 長坂氏( スキーマの長坂常の従兄 )とのコメトークに行って来た。西陽が照り返す水田を眺めながら「田んぼから茶碗まで」について考えた。僕は「 空以外はすべてデザインしている。」というオランダの言葉を思い出していた。

こんなキーワードが当日のメモに残っていた。

土とは何か?
水田に水を張る理由?
しなくて良い苦労もある。ショートカットを伝える。
偉大で変態な先輩
素 に気づく

 

うーむ、、いま見てもこのキーワードに僕なぞは心惹かれてしまう。

この答えは【 ロジカルな田んぼ 】を参照頂くか、是非 本人達から聞いて頂きたい。

 

余談だが、こんな個人的感想がメモの片隅にあったので記しておく。

米つくりとは土木である。
白米ご飯は飲みものだった自分の発見。
ご飯は噛むもの。神のもの。
巨大胚芽米カミアカリ。カミアカリとはそういったもの。

過去の自分の走り書きを振り返ると、単なる農家と商店主の話として漠然と聞いていない事が分かる。作品と作家の何たるかを必死で理解しようとしている。

作品とは お米であり、巨大胚芽米カミアカリである事は間違いない。
今日も作品を噛みしめて、2人の人となりを思いだす。

 

 

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